
令和8年8月13日(木)〜18日(火)お盆休みを使って岩手の親戚の家に遊びに行ってきました。
行き帰りの道中は、観光しながらまったり下道を移動しました。
12日(水)仕事を終えて帰宅し準備を整えて出発。
福島県の道の駅国見まで移動したところで、車中泊としました。
#一関駅 #一関市役所

早朝、道の駅を出発して、一関駅に到着。
小さい頃は、ここで新幹線から大船渡線に乗り換えて親戚の家に向かったので、外から駅を眺めるのは初めてです。
一関市は、岩手県の最南端に位置し仙台と盛岡の中間地点に位置する交通の要衝です。
世界遺産・平泉の玄関口であり、「厳美渓」「猊鼻渓」の二大渓谷をはじめとする豊かな自然、年間60日以上も餅を食べる独自の「もち文化」が息づく、歴史と食が魅力のまちです。

駅に続いて恒例の役所巡り、「一関市役所」
一関市の人口は、約10万人で少子高齢化と転出などにより、人口減少が進んでいるとのことです。
#厳美渓

栗駒山から一関市内へと流れる磐井川の浸食により、ゆっくりと時間をかけて形成された国の名勝、天然記念物・厳美渓。
エメラルドグリーンの水流に奇岩、巨岩、甌穴、深淵、滝など、約2kmにわたり「静」と「動」の渓谷美が続きます。
季節とともに変化する厳美渓の美しさに、仙台藩主・伊達政宗公は「松島と厳美が我が領土の二大景勝地なり」と賛美の言葉を残したと伝わります。
年間100万人以上が足を運ぶ、一関エリアを代表する来訪者数No.1の人気スポットとのことです。
この日は、雨の影響で水が濁っていてエメラルドグリーンの水流は見られませんでした。

そして、名物の「郭公だんご」も、休業日のため食べれませんでした。

厳美渓にある唯一の吊り橋「御覧場橋(ごらんばばし)」
老朽化のため2024年9月下旬から当面の間通行止めとなっていたようですが、工事も終わって通行できました。
歩くたびに橋が上下に揺れて、足元も雨で滑りやすくなっており、スリル満点でした。
#サハラガラスパーク

厳美渓の横にあるサハラガラスパークは、国内外のガラス製品約10万点を展示販売するテーマパークで、宙吹きガラスの制作体験ができる工房もあるレトロなテーマパークです。
まだ時間が早くてOPENしてなかったので、入れませんでしたが、バブリーな時代を感じつつ廃墟や古い建物好きにはたまらないテーマパークという印象でした。
#達谷窟毘沙門堂

厳美渓から車で5分ほどで達谷窟毘沙門堂に到着。
達谷窟毘沙門堂は、今から約1200年前の801年に征夷大将軍・坂上田村麻呂が創建した切り立った断崖の岩窟に建てられた天台宗の寺院(達谷西光寺)の岩屋堂です。
国指定の史跡であり、京都の清水寺を模した「懸崖造り(けんがいづくり)」のお堂や、日本屈指の規模を誇る岩壁の磨崖仏「岩面大佛」で知られています。
本来は108体の毘沙門天像がお祀りされてきましたが、度重なる火災で焼失し、現在は再建されたお堂に約30体が安置されています。現在の建物は1961年に再建された5代目とのことでした。
#一関市博物館

道の駅厳美渓に隣接する一関市博物館へ移動。
一関市博物館は、一関地方の歴史や文化、地域にゆかりのある先人たちの業績を紹介しており、特に平安時代中期にこの地で生まれたとされる「舞草刀(もくさかじ)」を中心とした日本刀の展示に力を入れている博物館です。

一関を中心とした地域には、岩手県における弥生文化の指標となる谷起島遺跡や、古代・中世期の平泉をひかえた骨寺(ほねてら)荘園などがあり、近世紀には一関藩の城下町がおおいに発達しました。

特に近代以降は、岩手県南、宮城県北の政治・経済・教育等の中核として、特色ある文化を形成してきました。
このような歴史の歩みをテーマごとに紹介してあったり戊辰戦争や日本刀の見方など詳しく説明してあったので、とても面白かったです。
#平泉駅 #平泉町役場

続いて、博物館から車で10分ほどの平泉駅に移動しました。

平泉町は、岩手県の南端近くに位置し、一関市や奥州市に隣接し、北上川が中央を流れ、豊かな自然と田園風景が広がる人口約6,500人の、歴史と自然が調和した静かなまちです。
平安時代末期に奥州藤原氏の本拠地として栄え、仏国土(浄土)を表す寺院や庭園群(中尊寺や毛越寺など)が残る、東北初の世界文化遺産登録地として広く知られています。
#岩手県立平泉世界遺産ガイダンスセンター

中尊寺や毛越寺へ行く前に、それらの成り立ちや歴史を学ぼうと「世界遺産ガイダンスセンター」に行きました。
世界遺産ガイダンスセンターは、世界遺産「平泉」の価値を映像や模型を使い仏国土(浄土)の世界観を分かりやすく伝え、後世へ継承するための拠点施設です。
中尊寺や毛越寺の歴史を学んだことで、とても理解が深まりました。
中尊寺や毛越寺に行く前にこちらを訪れて正解でした。
#夢乃風

お昼には、ちょっと早かったですが、混雑する前に中尊寺近くの「夢乃風」でランチしました。
一関は、年間60日以上も餅を食べる習慣や、300種類を超える豊富な食べ方、冠婚葬祭などの「ハレの日」に客人を餅で もてなすなど独自のしきたりが特徴のもち文化が有名とのこと。

そんなもち文化を味わおうと思い「はっと汁定食(1,650円)」を注文しました。
はっと汁は、小麦粉をこねて薄くのばした生地を、季節の野菜や肉などと一緒に醤油ベースの汁で煮込んだ、郷土料理です。
お餅も柔らかくて美味しかったですが、はっと汁の出汁の美味しさが印象的でした。
#毛越寺

昼食の後は、食後の散歩を兼ねて毛越寺へ。
毛越寺(もうつうじ)は、850年に慈覚大師円仁が開山し、のちに奥州藤原氏の2代基衡や3代秀衡が壮大な伽藍を造営しました。平安時代の姿を留める「浄土庭園」を有し、2011年に世界文化遺産に登録されました。

JR東日本の大人の休日倶楽部の撮影ポイントを探したりしながら楽しく過ごすことが出来ました。
#中尊寺

続いて中尊寺に移動。
ここは、さすがに超有名な観光地ともあって、すごい人で賑わっておりました。
参道前の第一駐車場は、満車だったので10年以上前に来た記憶を辿って、山奥にある金色堂近くの駐車場に駐車しました。
中尊寺(ちゅうそんじ)は、850年に慈覚大師円仁が開山し、12世紀初頭に奥州藤原氏の初代・藤原清衡が戦乱で亡くなった命を供養し平和な理想社会を築くため大伽藍を造営しました。
金箔に包まれた国宝「金色堂」をはじめ、多くの文化財を伝える 世界遺産の寺院です。

中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)は、1124年に奥州藤原氏の初代・藤原清衡が建立しました。堂の内外に金箔が押された「皆金色(かいこんじき)」の装飾が特徴で、極楽浄土の世界を具現化しています。国宝に指定されています。
金色堂内は、撮影禁止なので、撮影許可場所には長い行列が出来ていました。
人混みは苦手なので、サクっと見学を済ませて次の場所に移動しました。
#石と賢治のミュージアム

石と賢治のミュージアムは、宮沢賢治が晩年に技師として働いた「旧東北砕石工場」に隣接する施設です。文学者としての側面だけでなく、科学者・技術者としての賢治の足跡や、500点以上の鉱物・化石資料を通じてその生き方に触れることができます。

宮沢賢治(1896〜1933)は、岩手県花巻市出身の日本の詩人、童話作家です。
教師や農業指導者としても活動し、『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』など、故郷の豊かな自然と独自の宇宙観を描いた数多くの名作を遺し、急性肺炎のため37歳の若さで亡くなりました。

映像や手紙・写真などを通して、理想郷を求め奔走した技師としての姿や、当時の苦労と功績を学べて楽しかったです。
#猊鼻渓(げいびけい)

本日最後の観光地となる船頭さんが竿一本で舟を操る「舟下り」が有名な猊鼻渓にやってきました。
猊鼻渓は、砂鉄川沿いの名勝・天然記念物です。日本百景の一つに数えられ、高さ100メートルを超える断崖絶壁が約2キロメートルにわたって続いています。

「舟下り」は、往復約90分間かかるというので躊躇してましたが、ここまで順調に観光してきて時間に余裕があったので、乗船することにしました。

「舟下り」はやっぱり片道だけで満足だよなぁ〜とか思いながら、帰り道、船頭さんの「げいび追分」の唄声を聞いていると、、、なんと虹が現れました。
船頭さんも虹は滅多に見られないから貴重だと興奮気味に教えてくれました。
肉眼では、はっきりと見えたのですが、写真ではうっすらとしか映っていなくて残念でした。
#悠久の湯 平泉温泉

本日、予定していた観光地を全部まわれたので、近くの日帰り温泉でさっぱりしました。
#盛岡冷麺食べ比べ

晩御飯は、チェーン店系の盛岡冷麺の食べ比べをしてみました。
今回は、ヤマト・ぴょんぴょん舎・やまなか家の3店舗で比較しました。

個人的な好みでは、焼肉・冷麺ヤマトがスープのコクや麺のもちもちつるつる具合が一番好きでした。

続いてぴょんぴょん舎、やまなか家の順番となりました。
当初は、冷麺だけ食べる予定だったのについついお肉まで頼んでしまって、かなりリッチな晩御飯になってしまいました。。
まる1日、一関と平泉を満喫出来て、とても楽しかったです(^^)

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